100 Happy Challenges

普通の毎日をちょっと楽しくするための挑戦

Challenge5 本を読む

よく母親から「あなたは、本が好きな子供だったわね」と言われるのですが、その度に耳を疑ってしまいます。だって、つい最近までの私という人間はインターネット上のコラム記事こそ読めど、本については仕事で必要に迫られない限り触れもしなかったのですから。

ある時、ふと自分がいつから読書嫌いになってしまったのかを考えてみると、その原因は大学時代にあるように思いました。

私は大学4年間をアメリカで過ごしました。アメリカの大学は「入学するのは簡単、卒業するのが難しい」などと言われています。確かに、アメリカの大学受験では、英語さえマスターしていれば、日本の大学受検のように睡眠時間を返上する勢いの猛勉強は必要ありません。ですが、高校3年間を通した成績や諸活動、エッセイの内容、SAT(アメリカ版センター試験)の点数を総合的に評価されますし、人気のある大学は受験者数も多いですから、一概に簡単とも言えないかと思います。

それでは、「卒業するのが難しい」というのはどうでしょうか。これも、一概にそうとは言い切れないのではないでしょうか。というのも、普通に授業に出席し、毎度の授業で出される宿題をきちんとこなしさえすれば、卒業は十分可能だからです。死に物狂いで勉強しないと合格できない国家試験並みの卒業テストがあるというわけではありません。

しかし、その「宿題」というのがなんとも厄介。量が想像以上なのです。例えば、次週の授業までに100ページ近いリーディングを課せられ、その上、それについて3ページの小論文を書いてこいなんてこともざらにあります。しかも、その小論文は学校のイントラネット経由で提出する際に、ネット記事や書籍、過去の小論文などから盗用していないかシステムでチェックされるため、ズルをすることもできません。かつ、成績もシビアにつけられるのですから、たまったものではありません。

こんなでしたから、私の意志にかかわらず、大学4年間はトルストイに始まり、最新の学術本に至るまで読んで、読んで、読みまくりました。では、これらの知識が今、私の記憶にどれだけ残っているのでしょうか。答えは、「全く」です。覚えているのは、心理学の父フロイトの発想が、一般人の私には変態じみたものに感じたことくらいです。しかも、この強制読書の嵐は、私をすっかり読書嫌いにするという副作用までもたらしてしまいました。大学卒業後は、めっきり活字から離れ、本屋に入るにしても、文具コーナーと実用書コーナー(主に、料理、ダイエット、旅行ゾーン)をうろうろするだけでした。

そんな私に転機が訪れたのはニューカレドニアに旅行に行った時のことです。ニューカレドニアは、もともとフランス領であったため、フランスからバケーションに訪れる人で溢れかえっていました。私が宿泊したホテルも、宿泊客の8割がフランス人でした

ニューカレドニアは美しい海に囲まれていて、天国のようなビーチが数多くあります。私は、そこで日本人らしく(?)シュノーケリングに明け暮れてみたり、ほろ酔い気分でうたた寝をして真っ黒に日焼けしたりしていました。ふと、周りを見てビックリ!優雅に砂浜に横になりながら、ペーパーバックの本に読みふけっている人ばかりではありませんか!私には、その姿はなんとも衝撃的に映りました。だって、日本の湘南のビーチで、ビキニ姿で読書をしている人を見たことありますか?

しかも、そのフランス人が太陽の光を浴びて読書する姿が本当にかっこよくて、そして、何よりも楽しそうに見えたのです!感化されやすい私は、成田空港で念のために(どうせ読まないだとうことを薄々感じながらも)買った本に手を伸ばし、フランス女性になりきって、ビーチベッドにもたれながらページをめくってみました。すると、これまたビックリ!読書ってこんなに楽しいのかと衝撃を受けました。ビーチを満たす心地よい風が、日頃から蓄積させていた私の頭の中のモヤモヤを、すっとさらって行ってくれるような感覚でした。なんだか、目の前が開けて、景色がより一層キラキラして見えるような気さえしました。

「読書は、あなたに羽を与えてくれる。自由を与えてくれる。読書を通して、本の中に描かれている世界を自由に飛び回ることができるのだから。」といような話を聞いたことがあります。まさに、(自主的な)読書は、退屈な日常から私たちを連れ出して、行きたい時代、行きたい世界のどこにでも連れて行ってくれる、そんな存在だということに気付かされました。

私が成田空港で何気なく手に取った「パリのアパルトマンから」という本は、私をパリの人々の生活の中に連れ込んでくれ、彼らの人生を楽しむコツを垣間見してくれました。思えば、私のフランスへの憧れは、この本とニューカレドニアで見たフランス人の姿から始まりました。そして、パリジェンヌの生活に刺激を受けた私は、日本に帰国してからも、「どうしたら、パリジェンヌみたいに、この生活をもっと彩り豊かにできるかしら」なんて考え始めるようになり、バケーション前よりちょっとだけ日常を楽しめるようになった気がします。

それからは、会社が嫌になった時は「ちょっと今から仕事やめてくる(北川恵海著)」を読んで、妄想の中で一旦会社を辞めてから、脳を現実に引き戻して実際はどうすべきかをふと考えてみたり、「パリからの美味しい話(戸塚真弓著)」を通して料理上手の人生を歩んでみたりして、日々の生活から少し離れた経験をすることが出来るようになりました。本の中で描かれる人生の数々を体験すると、本を閉じて現実社会に戻ってからも、新しいレンズを通して周囲を見るようになり、生活に新しい色が追加されていきます。そうすると、生活に隠れた小さな感動や楽しさをより敏感に見つけることができるようになるからこそ、読書はやめられません。

Challenge4 背筋を伸ばす

ある秋晴れの昼、ドイツ出身の友人と上野公園のカフェのテラスでグラスシャンパン片手にたわいもないことを話していたら、友人がふと「日本人って何でみんな姿勢が悪いんだろうね」と私に言ったことがあります。その言葉をきっかけに、道行く人の出身当てゲームが始まりました。

「あのアジア人4人組は、パンツのタイト加減と歩き方からして、日本人ではないね!」などと勝手なことを言いあっていたわけですが、もちろん、私たちの推察が正解かどうかなんてことは今でもわかりません。それでも、背筋をしゃんっと伸ばして、堂々と歩いている人を見ると、なんだか日本人らしからぬ雰囲気を感じます。

日本にある世界最大級の交差点といえば、渋谷のスクランブル交差点です。あんなに大勢に人が行き交う場所でさえ、携帯片手に背中を丸めて前も見ずに歩いている人たちの姿には毎度驚かされます。

一方、ニューヨークではどうでしょうか。例えば、休日はまるでゴーストタウンのように静まり返っているウォール街も、平日の早朝ともなると、黒のスーツに身を包んだニューヨーカーが、スクランブル交差点に行き交う若者同様に携帯片手に行き交います。ただし、スクランブル交差点のように背中を丸めて歩いている人はほとんど見かけることがありません。ウォール街を歩く人たちの歩き姿はとても格好良くて、金融業界に興味のない私でさえ、「ゴールドマンサックスやブルーンバーグに勤務したら、彼らの一員になれるかしら」なんて憧れを抱いてしまうほどです。(当時の私は、ブルーンバーグの本社がウォール街ではなく、ミッドタウンにあるなんてことは知りませんでした。)

「ニューヨークのビジネスマン、キャリアウーマンが特別なのでは?」と思う方もいるかもしれませんが、そうとも言えません。私が4年間を過ごしたカリフォルニアの大学に通う現地の女子大生だって、ニューヨークのキャリアウーマン並みに立ち姿は堂々として、自信に満ち溢れていました。もちろん、彼女たちも日本の女子大生と同様、恋愛関係や友達関係、将来のことなど悩みは尽きませんでしたが、カリフォルニアの太陽の下で、タイトめなTシャツにジーンズ、ビーチサンダルというファッションに身を包み、胸を張って歩く姿は、とても格好良く、私をアメリカン・カジュアルに傾倒させるには十分でした。

よく「シンプルな洋服を着て格好良いのは、海外の人だけなのよ!日本人は、手足も短いんだからそれなりに着飾らないと!」と言っている人がいますが、果たして本当でしょうか。私たちとほぼ変わらない体型のアメリカ系アジア人にも、Tシャツとジーンズという飾り気のない格好でも、高級ワンピースを着ているこちらが恥ずかしくなるほど、格好良い人がたくさんいます。伸びた背筋と、堂々と目線を上げて歩く姿は最高のアクセサリーかもしれません。

私はなんだか気分がのらない日ほど、少し高めのヒールを履き、意識して背筋を伸ばし、胸を張って、目線をあげ、心持ち大股で歩くようにしています。そうすると、不思議と自分がいつもより少し美人になった気がして、出来る女になれたような気がして、なんだか良い日になりそうな予感がしてきます。シンプルなことですが、背筋が丸まっていては、目の前にある幸せさえ見逃してしまうような気がしませんか。

フランス人の振る舞いは誰でも少し演技がかっていると聞いたことがあります。私たちだって、たまには自然体以上の女性を演じたってバチはあたらないでしょう。ニューヨークのキャリアウーマンのように、軽快に街を歩くパリジェンヌのように、背筋を伸ばして人生の主役を演じてみると、意外に楽しい事件が周囲に溢れているかもしれないですよ。

Challenge3 お気に入りのお茶を見つける

アメリカ人はコーヒー派、イギリス人は紅茶派というイメージが一般的にありますが、その所以は200年以上昔のボストン茶会事件にまでさかのぼると言われています。

ボストン茶会事件とは、当時、イギリスの植民地だったアメリカの市民が、イギリスの植民地政策に憤慨し、マサチューセッツ州のボストンに停泊していたイギリス東インド会社の貨物輸送船に侵入して紅茶箱を海に投げ入れた事件です。その頃から、アメリカ人は「イギリスの物」である紅茶を嫌うようになり、その代わりにコーヒーを愛飲するようになったというのです。

確かに、アメリカの大学の食堂には、普通のコーヒーはもちろん、デカフェのコーヒーも常備されており、食堂が閉まる時間ギリギリになると、多くの学生がコーヒーカップを片手に慌ててリフィルしに行く光景を毎日のように目にしていました。

しかし、私がアメリカでの生活を通して大好きになったものは、コーヒーではなく、ハーブティーでした。アメリカ人は確かにコーヒーが好きですが、それと同じくらいハーブティーが好きなのです!

カリフォルニア州発祥の人気カフェチェーン店「The Coffee Bean & Tea Leaf」でも、コーヒーに匹敵する種類のお茶を提供しており、ハーブティーはその中でも人気商品です。ところで、The Coffee Bean & Tea Leafは、日本でも10店舗ほど展開されています。都内在住の方にとっては、日本橋COREDO日本橋(室町じゃないですよ!)の向かいにあるお店が一番アクセスが良さそうです。

ハーブティーはもちろん、アメリカで販売しているものと同じサイズ感のバナナマフィンといった食べ物もオススメですので、お買い物などで日本橋に行く機会があれば、ぜひ立ち寄ってみてください。バナナマフィンと一緒に、タリーズコーヒードトールでは見かけない、モロカンミントティーもよければご注文を!

アメリカにいる時は、「今夜パーティー(といっても、普通の飲み会)こない?」と同じくらいの頻度で、「私の部屋に、お茶を飲みに来ない?」というお誘いを受けました。

日本であれば、緑茶一択、あっても、アールグレイかイングリッシュ・ブレクファーストといった紅茶が一種類が用意されている位が普通だと思うのですが、アメリカ人の友人は、「カモミールティーとローズヒップティーなら、どっちが好き?お母さんが送ってきてくれたベリー系のお茶もすごく美味しくて、オススメ!」といったように、何種類ものハーブティーをテーブルに広げてくれました。

もちろん、私をお茶に誘うくらいですから、お茶好きの友人であったこともあると思います。しかし、彼女たちは決して特別ではないと思う理由が、アメリカのスーパーのお茶コーナーの充実ようです。特に、トレーダージョーズやホールフーズといったオーガニック系のスーパーのお茶コーナーは、見ているだけでワクワクします。

そんなこともあって、私はハーブティーが大好きです。日本では、スーパーだと成城石井のお茶コーナーが充実していてお気に入りです。私の好きな、Celestialシリーズの品揃えが良いので、とても重宝しています。特に、カモミールティーとミントティーが大好きな私にとって、Sleepytime Mintは無敵のお茶です。

仕事で行き詰まった時や、疲れて会社から帰ってきた夜は、Sleepytime Mintを淹れます。大好きなお茶を淹れる時は、お湯を注ぐ瞬間から、少しドキドキして思わず口元がほころびます。椅子に深く腰掛けて、思いっきり香りを嗅ぐと、「幸せ〜!」という気持ちがほっこり湧いてきて、同時にどどどっと疲れが流れ落ちていくように感じます。

もし、「普段あまりハーブティーを飲まないから、自分が好きなお茶をどう選んだら良いかわからないわ」というのであれば、enherb(エンハーブ)の店舗に足を伸ばしてみてはいかがでしょうか。enherbでは、様々なブレンドのお茶が用意されており、効能もわかりやすく表示してあります。全てのお茶の香りを確認できますし、なんと、全種類の試飲が可能です。

私も、寒い季節に向けて、ホットスパイスジンジャーというお茶を調達したばかりです。試飲をした瞬間に、シナモンの香りに一目惚れ(一嗅惚れ?)だったのですが、デトックス効果大と聞いて、即決買いをしてしまいました。

enherbでは、一人ひとりの好みを聞いて、オリジナルブレンドも作ってくれるみたいなので、ハーブティー初心者の方にはおすすめです。この冬は、お気に入りのお茶を見つけて、ほっこり癒される技を一つ身につけると、少しだけ退屈な毎日が彩られますよ!

Challenge2 誰かのために小さい買い物をする

私は、大学・大学院時代の6年間をアメリカで過ごし、内2年間はニューヨークに住んでいました。ニューヨークという街は、なんだか納豆と似ていて、嫌いな人は嫌いだし、好きな人はとことん好き、という不思議な場所です。私は完全に後者で、ニューヨークにすっかり魅了されてしまい、東京に戻って5年以上が経った今でも、ふとした瞬間に、胸の奥からあの街への恋しさが沸き起こってきます。

ニューヨークの魅力を挙げろと言われたら、それこそきりが無いけれど、あえて一つ挙げるとしたら、様々な肌の色をした、異なる文化・風習に生きる人たちがひしめき合って暮らしていることがあります。

例えば、ニューヨーカーの足である地下鉄に一歩踏み入れると、斜めがけの鞄を下げた白人男性、ヘッドフォンから流れるビートに全身でのっている黒人女性、体を密着させてお互いを見つめ合うラテン系のカップル、そして、良い匂いのする何かを食べるアジア系のおばちゃんを一度に見ることができます。こんな個性的な面々が集結する車両を東京で見つけることは至難の技ですが、ニューヨークではこれが当たり前なのです。

私が通っていた大学院も、まさに「人種のるつぼ」でした。クラスメイトには、生粋のニューヨーカーもいれば、西部や南部出身のアメリカ人もいるし、ブラジル、インド、ベトナム、ガーナ、中国、韓国からの留学生もいました。そのお陰で、私は大学院での2年間で、本当にたくさんの文化を体験し、新しい「人生をちょっと楽しくする工夫」を目にすることができました。

大学院に入学して初めてできた友達は、中国北京出身の同い年の女の子でした。私が、過去に半年だけ中国に住んだことがあることを伝えると、彼女は「ぜひ、食べて!」と彼女が中国から持ってきたお菓子を度々くれるようになりました。ある時は、「これ、あなたが喜ぶと思って!」と街で見つけた日本製のメモ帳をプレゼントしてくれたこともありました。

また、大学時代から付き合いのあるニューヨーク歴8年の香港人の友達は、会うたびに「この前の旅行のお土産だから」と言って、小さなギフトを渡してくれます。

誕生日や何かのお祝い以外でプレゼントを送られることがあまりなかった私は、「何だか悪いなぁ」と戸惑いながらも、その小さなギフトが友達の証であるような気がしてなんだか嬉しくなったことを覚えています。

最近、ネットサーフィンをしていて、ブログ「中国嫁日記」で有名な井上純一さんが、「中国人は、贈られた物から、その人にとって自分がどれだけ大事なのかを測る」といった内容のことをインタビューで答えているのを読みました。おそらく、私が中国や香港の友達から貰った小さなギフトの数々は、彼女たちにとって「あなたは私にとって大切な友達よ」という表現の一つで、それが私にも伝わっていたのだと思います。

そんな経験から、私は、「何だか、することがなくてつまらないなぁ」という日は、誰か大切な人への小さなギフトショッピングに出かけます。目的もなく、ふらっと買い物に出かけると、「なんとなく」目に付いた物を買ってしまい、結局、置き物化してしまうということがよくあります。

だけれど、ギフトショッピングなら、買い物中も「あの人、これ喜びそう」なんてワクワクしながら買い物ができるし、買った後も「いつ、渡せるかなぁ」と考えてはワクワクした気持ちが蘇ります。そして、いざ、そのギフトを渡す時には、小さな達成感と大切な人の嬉しそうな顔が手に入るのですから、こんな素敵な買い物はありません。

ギフトは決して高価である必要はないと思います。私は、旅先で買った個装のお菓子や、街で見つけた可愛い小物を透明の袋に詰め合わせにして、思いついた時に友達にプレゼントするようにしています。

私たち、日本人は普段からストレートな言葉で友情や愛情を表現することをあまりしないところがありますから、たまには、中国の人を見習って、気持ちを形にしてみるのも良いと思いませんか。少しだけ、気持ちがあたたかくなりますよ。

Challenge1 とことんサボる時間を作る

私は、天気が悪いと、低気圧の影響でなんとなく体調も悪くなり、気分までも落ち込んでしまう傾向があります。

それなのに、そんな日に限って、数日前に終わらせたはずの仕事の中にミスがあったことが発覚したり、苦手な仕事ばかりをお願いされたり、ついには、元彼の「婚約しました!」というFacebookステータスを見つけてしまったりするから不思議なものです。

そうなると、午後の3時頃には「今日の仕事が終わったら、何をしよう」「今週の金曜日はどうやって過ごそう」なんてことばかりで頭がいっぱいになってしまい、仕事も手につきません。

こんな時、いつも頭に浮かぶ映画のワンシーンがあります。それは、映画「Legally Blonde(邦題:キューティー・ブロンド)」で主人公のエルが、プロポーズを期待していた矢先に恋人のワーナーに振られた翌日、一面ピンクの部屋で、泣きはらした顔に化粧もせず、うつろな目でチョコレートを口に運ぶシーンです。恋愛系の映画を見ながら、ボックスを確認することもなく手に触れたチョコレートを口に運ぶ姿はとても印象的で、私にとって「アメリカ人の女の子の最悪な日の過ごし方」の典型的なイメージになっています。

その影響もあって、仕事も、趣味も、付き合いも、全てを一旦休止したいような気持ちになると、決まって自分の部屋に閉じこもって、ワーナーに振られた翌日のエルのような1日を過ごしたくなります。

エルの着ていた可愛いガウンの代わりに、しまむらのフリースパジャマを着て、あまり難しくない映画やドラマに没頭します。お供は、チョコレートではなく、白ワインです。

フランス女性の魅力の秘密を書いた「セクシーに生きる」の中で著者のジェイミー・キャット・キャランは、「フランス人はもちろんワインやシャンパンを飲みますが、ふつうは食べ物と一緒に、そしてかならず誰かと一緒に飲みます。」と語っています。

フランス人のカッコよく、知的にワインを嗜む姿にはとても憧れます。でも、私は日本人ですから!一人で、心ゆくまでワインを飲み続けたい日もあります。

実は、アメリカでも、仕事から帰宅した女性が家に着くなり冷蔵庫を開けてビールを一口、なんて描写はあまり見かけません。お洒落なバーで、一人でグラスを傾けるシーンはいくらでも思い浮かぶのですが…。それに比べて、日本では、CMでさえ、女子が嬉しそうに缶ビールを開ける姿が映し出されます。もしかすると、女子が一人で家で晩酌なんていう文化は、日本独特のものかもしれません。

おつまみは、ブリーやカマンベールなどの柔らかいチーズを切って、海苔で巻きます。この、欧州と日本のハイブリッドスタイルは、本当におすすめです。白ワインが驚くほど進みますので、どうぞお試しあれ!

松嶋菜々子主演のやまとなでしこのDVDを流して、主人公の櫻子と一緒に一喜一憂しながら、白ワインを飲み続け、号泣しながら、チーズと海苔を口に運ぶと、最終回を見終わる頃には、心の中の毒素がすっかり抜けて、不思議と疲れが取れているような気がします。

お酒もだいぶ回って、眠たくなったら、そのまま寝てしまうのがポイント!1日くらい歯磨きを忘れたって、いいじゃないですか。次の日くらい、顔を腫らせてブサイクになっててもいいじゃないですか。

ちゃんとすることをサボるって、意外に勇気が必要だと思います。でも、色んなことをとことんサボってみると、また次の日から頑張れたりするんですよね。そして、ほんの少しだけ「幸せだな〜」なんて気持ちに浸れたりするんですよね。